少しずつ暖かくなってきた春の風が優しく吹き抜け、薄い桃色の花びらがひらひらと踊るように舞い落ちていく。
 高洲市の中心部から少し離れた商店街の桜も精一杯短い華を誇っていた。人々の賑わいは桜の花に映えているようにすら思える。行き交う人々は各商店が自信を持って集めた商品を楽しみ、あるいは立ち止まり真剣に見入っている。
 この街の商店街はかなり大きく、地元の人でも知らない店も多い。それは裏通りを怪しげな店が軒を連ねているのも一つの要因と言えるだろう。噂では、変人骨董屋、正体不明の謎の情報屋、怪しい商品しか置いていない雑貨屋、寂れた探偵事務所……、さらには闇医者までいるという突拍子のないものまで一部では流れている。だが、そんな商店が商店街の一部として軒を連ねていられるのは、やはり地元の人に認められているのが大きいところなのだろう。
 そんな商店街の裏通りを、学生服を身にまとった少年が、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた。彼の手には古びて黄ばんだ紙が握られている。どうやら何かの商店を探しているようだ。ただかなり焦っている様子で、地図と睨めっこしつつ、うーんと苦々しい呻き声を上げている。
 そんな少年を見かねたのかダウンジャケットに身を包んだ長身痩躯の青年が、少年に近づき声をかける。
「どうかしましたか?」
 突然声をかけられて驚いたのだろう、少年の肩がぴくりと動く。少年は紙から目を離して、いつの間にか目の前に立っていた青年に恐る恐る尋ねた。
「あ、よろず屋って店を探しているんですけど、ご存じですか?」
「もちろん。案内しますよ」
 青年はこっちですと少年に丁寧な口調で声をかけて、少年を手招きする。歩き出した青年に少年は慌ててその後ろ姿を追いかける。
 青年の案内について行きながら、改めて少年は辺りを興味深そうに見回した。どの店も少し古びていて、中には何をしているのかもわからない店もある。
 やがて、青年は商店街のメインストリートにほど近い一軒の建物の前で立ち止まり、振り返った。
「ここです」
「あ、ありがとうございます」
 ぺこりと少年が頭を下げるが、青年は一向に去ろうとしない。それどころか、建物の入り口へと向かっていく。
「あの、あなたは……」
 青年の後を追い、少年は蚊のようなか細い声で訊ねる。青年は立ち止まり、少年を見つめるとゆっくりと口を開いた。
「俺は青木龍。よろず屋のリーダーです」





第1話 よろず屋登場!





 よろず屋の建物は外観からしてこの裏通りのものとは少し異質なものに見えた。他の建物が多かれ少なかれ古びて寂れているというのに、そんな気配を一切感じさせない。そして店の中も外観と同じく、丁寧に手入れが行われているようだ。
 青木龍と名乗った長身の青年は自らをよろず屋だと言った。それが少し意外でまだ整理がついていなかった。
「どうぞ」
 青年――龍が店の奥に消えると、入れ違うようにエプロン姿の少女がお盆を持ってやってきて少年に微笑む。応接室のものと思われるふかふかのソファに座ったまま、少年は少女の姿に目を奪われた。染色ではないナチュラリーブラウンの髪に、黒水晶のように大きく澄んだ瞳。どこか気品すら感じさせるような少女だった。
 ぽんとコップが置かれる乾いた音がして、少年ははっと我に返る。
「あ、ありがとうございます」
 目の前に置かれたお茶を飲みながら、ぺこりと頭を下げると、少女は人好きのする笑みを浮かべて店の奥へと下がっていった。
「彼女は白神理恵。よろず屋のメンバーの一人です」
 いつの間にか戻ってきていたのだろう。龍が机の反対側で立っていた。少年は龍の顔を見ながら、そろそろ話を始めようとする。
「あ、依頼人さんだ〜」
 少年が話を切り出そうとした時、店の奥から小柄な少女……いや少年がウサギのように元気よく飛び出してきた。性別が判断しにくい少年を一瞥し、龍は小さくため息を一つついた。その顔に微妙に青筋が立っているのがよくわかる。
「こいつは天堂創です」
「天堂創です。よろしくね〜」
 本当に女の子にしか見えない顔で創は無邪気に微笑んだ。龍は仕方ないなと言った表情を浮かべ、再びため息をついている。
 そんな時だった。表から爆ぜるような轟音が響き渡り、少年は驚きにびくりと体を震わせる。
「赤羽だね〜」
 創が入り口を見ることなく呟いた。龍はまだ青筋を微妙に浮かばせたまま、憮然とした表情で創の言葉に頷く。
「たっ、だいま!」
 ステレオを大音量で流したかと思うほどの大声が入り口から響いてくる。そして一呼吸置いて派手なライダージャケットに身を包んだ赤くくすんだ髪の少年がこちらにやってくる。
「おい、赤羽。少しは静かに出来ないのか……」
 呆れながら龍は逆立った赤髪にうんざりしたように呟いた。赤い髪の少年――赤羽は龍の言葉を特に気にすることもなく、創の隣にやってくると、少年の存在にようやく気がついた。
「ういっす! 赤羽隼人です」
 びしっと何故か敬礼をした赤羽。少年の目にふと右手の中指にはめられた黒くくすんだ指輪が入った。アクセサリーか何かかなと思いながらも少年はぺこりと頭を下げて一礼。
「何だよ。騒がしいな」
 続けて店の奥から漆黒の髪と瞳を持つ青年がやってきて冷たさを感じるほどの鋭い視線を投げかけてくる。そして赤羽に一睨みをきかすと、青年はソファに座った少年の前にやってきて
「黒沢大吾だ」
 とだけ名乗ると、その場から下がって、腕を組み壁にもたれた。
「この5人でよろず屋です。依頼があるんですよね?」
 場を持ち直すように、真剣な表情で龍が訊ねる。少年は表情を引き締め、無言のままこくりと大きく頷いた。





 少年の名は川本良平。高洲市にある第一高校という高校に通っている。社会人の姉と2人暮らしで、その姉が今朝から行方不明になったのだという。
 川本少年の話を真剣な表情で聞きながら、龍は創を軽く一瞥して訊ねる。
「創。調べられるな?」
「うん。任せてよ」
 創は自前のノートパソコンをどこからか取り出すと、物凄い勢いでキーボードを叩きはじめる。
「男でも出来たんじゃないのか?」
 黒沢が目を閉じたまま、ぶっきらぼうに訊ねる。川本少年は首を横に振り、それはありませんと否定する。
「姉さんに恋人が出来たら、僕にも紹介してくれますし」
「ふん。そうか」
 黒沢は川本少年の言葉に興味を失ったように口を閉ざしていたが、ふと思い出したかのように再び口を開いた。
「そういえば、報酬はどうなっている? こいつらはお人好しだから、あんまり気にしていないだろうがな」
「それは……」
 痛いところを突かれたのだろう。通常このような仕事のお礼代は相当高額であるからだ。川本少年が困ったように押し黙る。
「それは大丈夫だよ」
 口を挟んだのは今までノートパソコンと向かい合っていた創だ。いつの間にかその手には一枚のカードが握られている。それは今、巷で大人気のカードだった。
「川本君はこのカード持っているよね?」
 創が確信を持った表情で訊ねる。川本少年は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに首を縦に振った。
「でも何でそれを……」
「大会で優勝したでしょ?」
 創の言葉にはっとなる。このカードゲームの強い者はレアカードをたくさん持っているのが通例だ。
「それのいくつかを報酬としたらいいでしょ?」
 レアカードのね、っと片目でウィンクしながら創はいたずらっぽく笑う。
「そのカードって確か5枚で100円か150円くらいでしょ? それじゃ報酬にとてもじゃないけどならないよ」
 いつの間にか白神がエプロンを外した姿で戻ってきていた。白神の言葉に創はちっちっちっと芝居がかった仕草で指を横に振る。
「甘いよ、理恵ちゃん! レアカードはね、普通のカードと違うんだよ」
「ちなみにオークションなどだと1万から2万くらいが相場だな」
 創の言葉に補足を入れたのは意外にも黒沢だった。
「高いものだと桁がもっと上がるがな。どれほどのカードを持っているかにもよるぞ?」
 黒沢は川本少年に鋭い瞳を向けながら、腕組みを解く。
「さてと、どうせ創のことだ。何か算産があるんだろ? とっとと解決するぞ」
「やっと黒沢もやる気になったか」
「ふん。仕事だ、仕方ないだろ」
 龍の言葉に黒沢は肩をすくめながら、深くため息をつく。醒めてはいるが、黒沢は仕事はきっちり出来る男だ。
「それじゃ、まず……。君の家に行かせて貰おう」
 龍は川本少年の目をじっと見つめながら、そう言い放った。





 川本少年の家は高洲市の中心部から北にある住宅街の隅にある小さなアパートだった。龍は川本少年の案内で、赤羽、白神と共に彼の家を訪れていた。
「それで家に来て、どうするんですか?」
 川本少年は不思議そうにしながら龍に疑問を口にした。龍は白神を一瞥すると、白神は黒く吸い込まれそうな瞳を閉じて、小さく頷く。
「あの、お姉さんのいつも使っているものを持ってきてくれないかな?」
 瞳を閉じたままの白神の言葉に少し目を見開きながらも川本少年は頷くと、急いで姉の部屋へと走っていった。
「じゃあ、外で呼んでくるね」
「ああ、わかった」
 早足でアパートから出て行く白神を見ながら、龍は隣で暇そうに赤っぽくくすんだ髪を弄る赤羽に目線を送る。赤羽は黙って頷くと、はいはいっと首をポキポキと鳴らしながら、白神の後を追うように外へと飛び出していった。
「あ、これでいいですかね?」
「うん、多分大丈夫です」
 女物のハンカチを握り、戻ってきた川本少年に龍はそれじゃあ、外に行きましょうと声をかける。
「何をするんですか?」
「見ればわかりますよ」
 龍はアパートの近く、電柱の前に座る小汚い犬を指さしながら、答えた。龍の言葉に川本少年は目を白黒させる。
「えっと……」
「まあ、彼女に任せてください」
 犬の隣に立つ白神を一瞥しながら、龍は当然のように呟く。ハンカチを受け取った龍は白神にそれを手渡す。白神はハンカチを犬の前にかざして、目を閉じ、犬の額に空いた手をあて、ゆっくりとその毛並みを優しく撫でる。
「いい子ね。これの持ち主を捜してくれる?」




 目を閉じたまま呟いた白神に、犬が肯定するようにはぁはぁと息を荒立て、一心に白神を見つめる。
「これって……」
「白神はよ、動物と意思疎通が出来るらしいぜ」
 口を半開きにしたまま、唖然とした表情を浮かべる川本少年に、ヘルメットをかぶりバイクに腰掛けた赤羽が聞こえるように呟く。にわかに信じられない発言を聞いた川本少年は龍の方を確認するように見るが、龍はただ黙って頷くだけだった。
 にわかに犬が小汚い毛を揺らしながら、一目散に駆け出す。白神はそれを追いかけるように歩き出す。
「俺達も行くぞ」
 龍は赤羽を一瞥すると、了解と頷き、バイクをゆっくりと走らせる。龍も走り出し、一人残されそうになった川本少年もワンテンポ遅れて慌てて追いかける。
 不意に前方を走っていた犬が急に大きな道路に出たところで止まってしまった。そしてぐるぐると辺りを回り始めた。
「どうしたんだ?」
 後から追いついた龍が白神に訊ねる。白神は少し残念そうに首を横に振り、犬がぐるぐる回る場所を一瞥した。
「ダメ。匂いがここで消えているみたい」
「なるほど。車か何かで連れ去られたのか……」
「彼女が最後にここを通ったのは今日の明け方くらいね」
「だとしたら、詰まりじゃないのか?」
 龍と白神の話に、バイクを道路の端に止めた赤羽が諦めたように立ち止まった犬をじっと見つめる。だが、白神は首を横に振り、ひゅーっと甲高い口笛を吹く。
「まだ、探す方法はあるよ」
 ひゅっと空気を切り裂くような音がして、漆黒の色をした鳥が白神の腕に止まる。それはごく一般的なカラスだった。先程と同じように、カラスの額に手を当て、静かに目を閉じる白神を赤羽は一瞥すると、そっとその場を離れてバイクへと戻る。そして後ろに乗っていた川本少年に降りるように指図する。
「わかったわ。お願いね」
 目を開き、黒目がちの瞳をカラスに向け、白神は心が温かくなるように思える笑みを浮かべた。そしていたわるように背中をひとなですると、カラスはかぁーっと甲高い泣き声を響かせ、勢いよく白神の腕から離れ大空へと飛び立った。
 風に乗りどんどん上空へと舞い上がっていくカラスを一瞥して、白神は赤羽の方を見つめて、追ってと口を開いた。
「了解」
 ヘルメットにゴーグルを付けた赤羽は生きよい良くエンジンを響かせ、地鳴りのような音を立て消えていった。
「さて、俺達もやることがあるぞ」
 白神の肩にぽんと手を置き、龍は川本少年を手招きした。





 龍達がいったんアパートに戻ると、龍の携帯がぶぅっと音を立てて鳴り始めた。
「赤羽か……」
 携帯を取り出し、緑の通話ボタンを押し、耳に携帯を当てる。すぐに雑音と共に騒がしいような声が受話器越しに響いてきた。
「場所がわかったぜ。ただ、怪しい事務所でさ。いかつい野郎がいっぱいいるぜ」
「おい、お前どこから電話しているんだ?」
 赤羽の声の大きさに気がついたのだろう。慌てて龍が赤羽に問いかける。
「ああ、事務所の……」
「何だよ、テメーは!」
 龍の心配はやたらけんかっ早そうな声と共にすぐに的中してしまう。
「げ、やべ……。わりぃ、後でかけ直す」
「お、おい。ちょっと、待て!」
 電話越しにようやく慌てたような声が聞こえてきて、ぷつりと通話が切れた。受話器越しにぷーっという音だけが虚しく響いている。
「まずいことになったな……。急ぐぞ」
 龍は呆れた様に呟きながらも、白神と川本少年を交互に見て、三葉虫のマスコット・キーホルダーをつけた車のキーを取り出した。
 一方、赤羽は見るからに一般人に見えない男達と一人で対峙していた。
「どいつもこいつも血の気が多いな。発情した猿か、オイ」
 くすんだ赤毛を弄りながら、赤羽は男達をなめきった表情で一瞥した。そんな赤羽の態度は火に油を注いだようで、
「何だと、コラぁ!」
 と男達に青筋を浮かばせ、それぞれの懐から獲物を取り出させる結果を招いてしまった。
「ったく。いちいちうっせー野郎共だな」
 赤羽はぽきぽきと指を鳴らしながら、一歩ずつ前に出る。と同時に赤羽の拳からぼうっと赤い火の粉が迸った。
 だが、それに気がつかない男達は、木刀、ナイフといったそれぞれの獲物を掲げ、赤羽に向かってくる。
「やけどしても知らねぇぞ!」
 ナイフを振るう男に炎をまとった拳を腹にたたき込み、後から木刀で脳天を狙う輩に遠心力を利用した回し蹴りを決める。
「どうしたんだよ。威勢が良いのは口だけかよ!」
 赤羽は両腕に炎をまとい、怒鳴った。声にあわせて、ゆらりと熱気で空気が揺れる。赤羽の力は発火能力。異端能力と呼ばれる特殊な力の一つで、炎を自由自在に操ることができる。ただし、その存在は世間一般には知られていない。
「ば、化け物!」
 赤羽の姿を見た男達はじりじりと下がり、中には銃を構え、発砲する者までいた。
「そんなもの、効くかよ」
 轟くような銃声にも赤羽は炎の壁を一枚形成するだけで、微動だにしない。超高温の炎の壁は弾丸を一瞬で溶かすからだ。
 銃ですら通じない相手に、残った男達は脱兎の如く獲物すら手放し、逃げだしはじめる。
「つまんねぇ、野郎共だな。あいつら」
 原因はこそこそと事務所の様子をうかがっていた赤羽なのだが、そんなことを気にする性格ではない。仲間に見放され、伸びている男を一瞥し、静かに炎を消す。同時に、一台のワゴン車が赤羽の前に止まり、窓がゆっくりと開かれた。





 龍達が川本少年と行動を共にするのとは別に創と黒沢は、独自に情報収集を行っていた。
「どうだ。集まったか?」
「基本的な個人データに関してはだいぶ集まったけどね。まだ行方不明に繋がる情報はあんまりだね」
 ノートパソコンに向かったままソファーに躰を預ける創に黒沢が目を閉じ、腕組みをしたまま訊ねる。
「そろそろ龍達からも、情報が来るはずだよ」
 創はディスプレイから目を離すと、寝そべったままポケットをまさぐり携帯を取りだす。
「どうした?」
「理恵ちゃんから。少し調べて欲しいことがあるってさ」
 再びディスプレイに向かいキーボードを一心に叩き始めた創に、黒沢がようやく動きだし、隣にやってくる。
「調べて欲しいこと?」
「うん。とある組織の活動に関してね」
 黒沢は差し出された創の携帯に映ったメールの文章を読み始める。それはとある暴力団の活動内容について調べてほしいというものだった。黒沢はあごに手を置くと、目尻に皺を立てる。
「……そういえば。ここのところ、一部の暴力団が誘拐、人身売買に関わっているっていう話を聞いたことがあるな」
「ふーん、なるほどね」
 黒沢の言葉を聞いて、創は更に慌ただしくキーボードを叩きはじめる。リズミカルな動きと共に、次々に必要と思われる関連事項が集まってくる。
「あった。これだね」
 それはとある裏サイトだった。借金の嵩んだ人間を脅し、海外に高値で売りさばくという極めて悪質なもの。
「なるほどな。川本家は両親がいない。姉は社会人とはいえ、弟を養うためには相当な金を一人で負担しなければならない」
「うん。それに奴ら、結構強引な恐喝とかもしているみたいだしね。これは表に出てないだけで、結構大きいのかも知れないね」
 創は、ノートパソコンを閉じると黒沢を一瞥する。黒沢は冷めた表情に戻ると、肩をすくめ、ポケットからオートバイのキーを取り出す。
「行くんだろ?」
「うん」
 自信満々の創の顔を横目に黒沢は小さくため息をついて歩き始めた。





 高洲市の南に位置する高洲港。この地域最大の都市でもある高洲市の主要な港湾で、古くから有名な場所である。一方で裏の動きが激しいことでも有名で、密輸船や不法入国船も多く停泊していると言われる。
「高洲港か。なるほどな」
 ふぁーっと隣で意気のない欠伸をする赤羽の足を容赦なく踏みつけながら龍は呟いた。龍達は赤羽の組員との抗争が終わった直後に現場に到着した。こっそり様子を見るように指示をしていたのに、あまりにも間抜けな赤羽の行動で、組員にばれて、挙げ句の果てにトラブルを引き起こしたことが龍に雷を落とされる結果になったのだ。
「多分、合ってるよ」
 黄昏れていく夕暮れを見つめながら龍達と合流した創は、ポーチをごそごそと漁りはじめた。
「別行動する方が良いな。そこの馬鹿と俺で見張りの雑魚共を片付ける。その間に龍と白神と創はさっさと助けにいけ」
 黒沢は両手に黒いグローブを既に装備しており、辺りを徘徊する男達に目を向けた。
「陽動も込めて、派手にやらかしてやるよ」
 赤羽がバイクに乗ったまま、エンジンをかける。黒沢は龍に行けと目で合図すると、走り出したバイクの後に飛び乗った。
「凄い……」
「時間はあんまりないよ。急ごう」
 ただ呆然と見送る川本少年を白神が声をかける。白神の言葉に、慌てて川本少年も頷き、既に前を行く龍の後を追う。
「さて、黒沢と赤羽、上手くやるかな?」
 創はまるでお伽噺の続きを期待するような口調で、楽しそうに頬の端に笑みを浮かべている。
「どうだろう。ただ、なんだかんだであいつらはやってくれるさ」
 龍は確信を持った口調で創の呟きに答える。創は笑みを浮かべたまま黙って頷き、当たりの様子を窺う。
「まずいね。騒ぎであちこちに見張りの奴らが散らばってきたね」
「上等だ。一気に突っ切るぞ」
 龍は布に覆われた長い棒を左手に抱えたまま、白神を一瞥し、先陣を切って駆けだした。





 辺りに地面を強く振るわせるほどの炸裂音と、鈍器で殴ったような重く鈍い音が響き渡る。
「これであらかた片づいたか?」
 赤羽はぺっと口から血に染まった赤い唾を吐き捨てながら、隣に佇む黒沢に問いかけた。
「ああ、雑魚はほとんど倒しておいた」
 ぽんぽんとグローブの埃を払いながら、黒沢は、あちこちから聞こえてくる呻き声に顔をしかめた。あちこちで男達がやけどを負ったり、口から血を流して倒れている。
「これからどうする?」
「龍達を追うんだろ?」
「上等……」
 黒沢の言葉に赤羽は血で汚れた口元を拭い、近くにおいてある愛用のバイクを一瞥する。
「待て、どうやらまだ奴さんはいるらしいな」
 黒沢がぎろりと鋭く目を光らせ、注意深く倉庫の物陰へと視線を移す。
「出てこいよ。ばれてんだぜ」
 赤羽もバイクから視線を物陰に移すと、ぱきぱきと指を鳴らす。指の間から火の粉が花のように零れ散る。
「ふん。出てこないなら……。こちらから行かせて貰おう」
 黒沢は小さく何かを唱え始める。するとグローブを中心に黒く禍々しい何かが溢れてくる。
「エッジ……アロー」
 手を物陰に向け、眼を細め黒沢は狙いをすます。黒いオーラのようなものは一瞬で爪のように鋭い形を形成し、瞬時に黒沢の指から放たれた。
 ずどんとミサイルがぶつかったような炸裂音と共に倉庫が跡形もなく崩れ去る。しかし黒沢は厳しい表情を浮かべたままちっと舌を打つ。
「逃したか。一般人ではないな……」
 ごうごうと燃えさかる倉庫の残骸を醒めた目で見つめながら呟く。だがすぐに隣で唖然としている赤羽の脇腹を小突くと、行くぞとバイクへ急かす。
「奴らは恐らく、龍達のところに向かったはずだ」





「姉さん!」
 随分と傾いた夕日を見ながら黄昏れていた女性を聞き慣れているが、もう聞くことのないと思っていた声が呼ぶ。どうして、と疑問に思いながらも体は振り返ってしまう。
 そこにいたのは紛れもなく最愛の弟だった。足をもつれさせながらも近づいてくる様を見ていると愛しさがこみ上げてくる。だが、彼が女性の元に来ることはできなかった。
「そこまでだ」
 一寸の暖かさもない冷酷な声。そして突きつけられる冷たい銃口。
「感動の再会とはいかないなぁ。これからお前の姉さんは、お前の知らない外国で精一杯働くんだからよ」
 冷たい声に侮蔑の色を込めた男の声が頭の中をリフレインする。この男だ。女性を騙し、高く海外に売りさばいたのは。
「全く、馬鹿なガキだ……」
「ああ、お前がな」
 音もなく男の隣に佇んだ龍が、黒い鞘に収められたままの刀を勢いを付け、男の腹部に叩き付ける。がはっという声にならない悲鳴と強烈な鈍痛が同時に襲いかかり、男の体が紙くずのように吹き飛んだ。
「き、貴様、何者だ……」
 強打された箇所を抑えながら、男がぎろりと龍を睨み付ける。だが、龍はそれに一切たじろぐことなく黒い鞘に包まれた切っ先を突きつけた。
「よろず屋だ。覚えておけ」
 ワンテンポずらして川本少年と女性を庇うように白神と創が同時に飛び出してくる。だが、男は龍達を見たまま、汚らしい勝ち誇った笑みを浮かべて、ばちっと指を鳴らした。
「それはこいつらを見てから言えや!」
 ぞろぞろと様々な獲物を持った数人の偉丈夫の男と男の子分と思しき達が現れた。男の方は先程、偉丈夫は赤羽が争った組員とは桁違いの大きさだ。
「こいつらは殺しのプロだ。お前らみたいなガキに……」
「だから何だ? 勝ち誇った表情は勝った後にしろ」
 ずどんと大男の鳩尾に鞘に収めたたままの刀をたたき込む。急所を突かれた衝撃にゆっくりと巨体が沈んで、どすりと崩れ落ちた。
「青木流、翔波」
 厳かに呟き、龍はぎろりと修羅場をくぐり抜けてきた者だけが見せる目で男に睨み付けた。
「ぐ、撃て!」
 男はどこか恐怖に怯える表情のまま子分達に命令する。子分達は龍に一斉に銃口を向け、引き金を次々と引く。だが、引き金を引いた途端にぼろぼろと銃は崩れ、ただのガラクタへと成り下がっていく。
「なっ!」
 男は目を見開き、訳がわからないとぽかんと口を開いたままその場にただ立ち尽くす。
「おじさん、あんまり調子に乗ってると、あの銃みたいに……細切れになっちゃうよ」
 いつの間にか創が男の首筋にナイフを当てており、甘くて妖しい声で男の耳元にそっと囁いた。
「ひっ……」
「あ、そうだ。そこのお兄さん達も下手に動くと腕の一本や二本、軽くすぱっといっちゃうから……、気をつけてね」
 子分達の周りによく見なければわからないが、銀色のワイヤーが張り巡らされていた。
「詰み、だな」
 龍は男達を一瞥しながら、勝ち誇ったような表情を浮かべてから、男を鋭く視線で射貫いた。





「ありがとうございました。お陰で姉さんも、あの人達に売られていた人たちも戻ってくることが出来ました」
 川本少年は感謝の言葉を述べながら、深々と頭を下げた。
 あの後、黒沢と赤羽も合流し、男達を拘束して、知り合いの刑事に身柄を引き渡して、龍達は今回の事件を何とか解決させたのだった。
「何はともあれ、お姉さんの借金もなくなったわけだしね」
 白神が良かった良かったと人の良い笑みを浮かべる。川本少年の姉の借金は男達の不当なやり方で生まれたものであり、実際はほとんど借金などなかったらしい。
「あいつら、かなり酷いことやっていたみたいだから、戻ってきたときには、困るぞ〜」
 そう小さくうそぶいたのは創だ。こっそり銀行にハッキングし、男達の口座を凍結したのだ。帰ってきたときにはびた一文残ってはいないだろう。
「本当に、皆さんにはお世話になりました。そうだ、これを」
 川本少年がお礼として取り出したのは一枚のカードだった。
「約束ですから、僕の持っている一番のレアカードです」
 そう言って差し出した川本少年から龍はカードを受け取ると、そのまま、川本少年のポケットにカードを入れた。
「大切なものだろ? 持っておけ」
 報酬ならあいつがたっぷりせしめているからと、創を一瞥しながら、龍はぽんと川本少年の頭に手を置く。
「……はい。ありがとうございます」
 川本少年はカードを大事にしまい込むと、再び深々と頭を下げた。
「じゃあ、僕はこれで……」
 頭を上げて、川本少年は遠慮がちに呟くと、ゆっくりと立ち去っていった。
「相変わらず甘い奴らだ」
 苦笑いを浮かべるのは黒沢だ。だが、それはもう慣れたもので諦めも付いている、
「ま、いいんじゃないか?」
 黒沢の隣で頷くのは赤羽だ。そんな赤羽の態度に嘆息を漏らし、黒沢はやってられないなと、よろず屋へ戻っていく。
「依頼終了だな」
「うん。そうだね」
 龍の言葉に頷く白神。蒼く澄んだ空気が広がる空を見上げながら、すうっと息を吸う。
「それじゃあ、お疲れ様」
 龍は軽く創と白神と赤羽と、それぞれ手を軽く同時にたたき合い、よろず屋の中へと戻っていった。

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