貴方はどうしてそんな悲しそうな表情をしているのですか?
 笑顔という仮面をかぶっても私にはわかります。
 貴方は笑って答えるのです。貴女にはわからない、と。
 必死に止める私の声は虚しく空に響き渡るだけ。
 空は今にも泣き出しそうです。私も空と同じ色、――そう涙色に染まっています。



 この仮面は貴女と離れるためのもの。愛する貴女と離れる愚か者の道化。
 それでも私はやらねばならないのです。貴女を捨ててでも。
 全てを賭してやるべきことを見いだしたのだから。
 どうか、そんな顔をしないでください。貴女にはそんな顔は似合いません。
 今日から貴女と私は敵なのです。掟破りの裏切り者は生かしてはいけないのです。許していてはいけないのです。
 さよなら。その言葉を貴女に贈ります、悲しみと共に。
 愛しさを隠しながら、私は貴女の前から消えます。



想い、交わる場所



 何年ぶりでしょうか。私は自分の生まれ故郷の村へと戻ってきていました。
 その村は生命にとって厳しすぎる白銀の世界にありました。短い夏以外は冷たい北風と冷たい雪に晒される村。
 凍えきった世界で人々は暖かく互いに支え合って生きています。そんな小さく厳しいけれども心温かい村で私は育ちました。
 しかし狭く閉じきった世界は私には狭すぎました。ある日、一族に伝わる伝説を聞き、私はある望みを持ちました。
――四つのエレメンタルが解放されるとき、黄金の太陽が起こり、全ての力を得ることが出来るだろう
 村の東に位置する灯台を臨みながら、私はふっと笑みを浮かべました。
「どうしたの、アレクス? 笑っちゃって」
 隣を歩いていた紅い髪の少女、ジャスミンが私の方を一瞥して、訝しげな表情を浮かべていました。
「いえ、何でもありませんよ?」
 私は有無を言わさぬ圧力を掛けながら、もう一度微笑みます。納得がいかないとばかりにこちらを見ながらも彼女はしぶしぶ頷きました。
 本当は少し懐かしく思えました。
 それでも裏切り者の私にはあの村に足を踏み入れる資格などないのです。
 北の火の一族の戦士達を促しながら私は、厳かに佇む水の灯台へと歩き始めました。




――さよなら、メアリィ。もう二度と会うことはないでしょう。
 そう言って、貴方は去っていきました。いつもの捉え所のない笑みを浮かべながら。
 止めることはできなかった、それでも止めたかった。貴方が裏切り者になるなど許せなかった、認めたくなかった。
 それでも貴方は私の前から去っていきました。私は貴方を追うことも出来ず、ただ村で日々を過ごすだけ。
 私を必要としてくれる人たちのために、一族の使命を――水の灯台を守っていました。
 今年の冬は寒く、村にも悪い病が流行っていました。元来、年を取った老人が多いこの村では悪い病は流行りやすいものです。
 私の一族が持つ力――プライは癒しの力。病に冒された人々を癒すため、私は奔走していました。
 雪がほぼ一年中積もっているこの村のあちこちを走り回っていた私に同じ一族のムギがある村の入り口にある家のおじいさんが倒れたというのを知らせました。
 私はすぐにその家に向かい、寝ているおじいさんの前までやってきました。
「おじいさん、大丈夫?」
 息も絶え絶えで苦しそうなおじいさんはげほげほと咳をします。その様子を見ながら、おばあさんがさっきからずっとこんな調子だと仰ります。
「今、楽にして差し上げますわ」
 目の前で咳を繰り返すおじいさんを一瞥しながら、私は精神を集中させていきます。
「プライ」
 厳かに呟くとプライの時に現れる精霊がおじいさんの体の上で踊り始めます。
「楽になったわい……」
 プライが終わるとおじいさんがそう呟きました。そして起き上がろうとするのを制止した私はこの家に別の客がいるのに気がつきました。
「あなたがメアリィですか?」
 ブロンドの髪をした少年が私に尋ねます。その出で立ちから旅の戦士であるようです。
「そうですか。何か私にご用ですか?」
 戦士達に言葉を返そうとしたその刹那、窓から紫の神々しいまでの光が入って来ました。
 私しか入れないはずの灯台の封印が解かれたのです。戦士のことはもはや頭の中から消えていました。
 いや、私以外に入れるのは――
「まさか、アレクス」
 そう思うと居ても立ってもいられず、私は駆けだしていました。



「急ぎましょう」
 灯台に入った私は、北の火の一族の戦士・サテュロスとメナーディに言いました。
「どうした、アレクス?」
「奴らがここまで来れるとはとうてい思えぬがな」
 サテュロスは私を一瞥しながら呟きました。
「確かに私もサテュロスに同意見です。しかし、善は急げと言う言葉もあります。それに……」
 言葉を切った私を訝しげに見ながら、サテュロスはしぶしぶ頷き、歩を早めました。
 エレメンタルスターを追ってやってくる戦士達という不確定要素。そして私の脳裏をかすめる水色の髪の少女。
 彼女は私がここにいることに気がついている。そう、確信していました。
 だから、私は先を急がなければなりませんでした。
 戦士達と少女が出会えば、確実に頂上まで登りつめて来るであろうから。
「プライ!」
 虹の女神の像に祈りを捧げながら、ぎゅっとマーキュリースターを握りしめました。



 灯台を一緒に来た戦士達と登りながら、私は今度こそ彼を止める決意を固めていました。
 私と同じくらいの年頃なのに戦士達――ロビン、ジェラルド、イワンの動きは慣れたものです。侵入者を防ぐ手強い魔物と戦うその姿は私に強い安堵を生ませます。
――彼らと一緒ならいけるかもしれない
 不思議と初見であるはずの彼らといるだけで心が落ち着きました。愛用している杖をぎゅっと握りながら私は先へと進む道を彼らに示すのでした。
「ここは……」
 私たちの前に大きな女神の像が現れました。私は意識を集中させてプライを発動させながら、そっと女神へと違う祈りも捧げました。
 道は開けました。戦士達と共に私は先へと進みます。
 貴方を止めるため、一族の使命を全うするため。
 愛しさは胸にしまい、ただ貴方の待つ灯台の頂上へと――



――蒼い閃光が灯台を包み込んだ――



「これが……灯台の大いなる力……」
 私は知らず知らずのうちに笑っていました。溢れるエナジーを感じながら私は更に力が増したことを確信しました。
「嫌な感じだな」
「全く同感だ」
 サテュロスとメナーディは不機嫌そうに顔を歪めます。火と水は相反するもの。彼らの考えは当然でしょう。
「おや……」
 近づいてくる気配に気がついて、私は目を細めました。そしてすぐにメナーディとガルシアにリフトに乗るように指示をします。
「奴らが来たか」
サテュロスが目を細め、少し不敵に笑います。私はワープを使い、灯台の灯の物陰に隠れます。
「おい、いたぞ!」
「遅かったか……」
 戦士達の声、そして
「なんということでしょう……」
 私がいつも聞いていた懐かしい声が聞こえました。
 ついにここまで来ましたか。どのみち戦士達はサテュロスに倒されるでしょう。ですが、貴女だけは救いましょう。
 さて、どうなるのでしょうか……。
 私は剣を抜いたサテュロスと対峙している戦士達を見ながら、薄く笑みを浮かべていました。



 頂上に登った私はロビン達と共に、北の火の一族と名乗る戦士と戦っていました。戦士は強く、かなりの手練れだと容易に想像がつきました。
 その剣閃はあまりにも鋭く、前線で戦うロビンとジェラルドの体には幾重もの傷が刻み込まれていきました。
 プライによる癒しで彼らを励ましながら戦った私たちは何とか戦士から勝利を収めました。
「うぐぐ、灯台の力がこれほどとは……」
 サテュロスという名の戦士は悔しいそうに呟きます。イワンが疑問に思って、そのことを尋ねます。
「それは……」
「私が教えましょう」
 その声を聞いたとき、私の体は震えました。そしてこうこうと上がる炎の奥から現れる、私と同じ髪の色。懐かしい顔。
「アレクス!」
 気がつくと私は叫んでいました。
「久しぶりです、メアリィ」
 事もなく貴方は言いました。私は表情を硬くしたまま、貴方を見つめます。
「貴方は何をしたのかわかっているのですか?」
「ふふ……。もちろんですとも。封印されし偉大な力をこの世に解放したのです」
 私の言葉に貴方は満足そうに応えます。その姿は貴方のものとは思えませんでした。
「水の灯台・マーキュリー何と偉大な力でしょう」
 とした表情の貴方を見ながらこう言わずにはいられませんでした。
「アレクス、貴方どうかしてしまったのね」
 貴方は相変わらず笑みを浮かべたまま
「メアリィ、貴女こそ解らないのですか? サテュロスとの戦いで、溢れるような力を受けていたはず」
 その言葉に私は頷くしかありませんでした。灯台のエナジーを感じながら、私はきりっと貴方を睨み付けます。
 私の態度など歯牙にもかけず、貴方は起き上がったサテュロスに肩を貸して、ワープのエナジーを使ってその場を離れます。
 そのとき私は悟ったのです。今の貴方はかつての貴方と違うと。
 私はぐっと苦虫をかみしめたような顔で貴方を見ていました。



 ワープのエナジーでサテュロスをつれて、私はリフトに乗りながら笑っていました。
 訝しげにこちらを一瞥するサテュロス。きっと私が何を考えているのかがわからないのでしょう。
――また会いましょう、メアリィ
 徐々に遠ざかっていく灯台の灯を横目に私はもう一度微笑みました。
 願わくば、貴女には清いままで。愛を込めて。
 私はそっと祈りを捧げました。



 後に残された私たちは、悔しさでいっぱいでした。
 灯台を灯された悔しさ、仲間を助けられなかった後悔……。
「私、神官失格ですわ。守るべきマーキュリーの灯台に灯を灯されてしまいました」
 そして、貴方を止めることが出来なかった。
 何をしても止めなければならなかったのです。一族の掟、そして、貴方のため、私のため。
 決意を固めて、私は一歩を踏み出します。
 愛しい貴方を止めるためなら、どんなことだってする。
 ロビン達と共に私は貴方を追いかけます。



――そこはマーキュリーの灯台、水のように清くある者が祈り、想いが交錯する場所――

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