No.1 物語のはじまり



 見上げればそこには鈍色の雲の影に埋もれるように石造りの巨塔が天に向かってそびえ立っていた。
 目下には煉瓦様の石造りのタイルがぎっしりと敷き詰められている。
 ここはどこなのだろうか。まず頭に浮かぶのはその疑問。
 自分の名前は塚本和弥、ごく普通の一介の高校生――のはずなのだが、現実はとてもそうとは思えない光景が目の前には広がっている。
 まるでファンタジー小説の中のようなこの広場には、自分以外はやたらと体格の良い歴戦の戦士といったただものとは思えない雰囲気を醸し出す者や人間の姿をしていない異形そのものと呼べるものなど様々がごった返していた。
 ただそれらに共通して言えるのは只者ではない、修羅場を踏んだ者達なのだということだった。
 この場に張り詰めた空気が、常人には耐え難いものがある。気を抜けばとって食われる、そんな様相を呈していた。
「なぁ、アンタ、ここどこかわかるか?」
 少し独特なイントネーションで話しかけられ、和弥はびくりと肩を振るわせる。
「おっと、驚かせちまったか。堪忍堪忍」
 向き直った和弥によく言えば精悍、悪く言えば悪ガキのような顔をしたやせ形の男が嫌みのない笑みを浮かべたまま歩み寄る。それにしてもこの男の格好は不思議だ。ボロ雑巾のような色の着物に腰には日本刀と思しき刀が差されている。
「ワイはマサキヨや。西国一の武士や……って言ってもここでは通じんやろうけどな」
 あっけらかんと曰う野武士のような――いや、野武士そのもののこのマサキヨという男の態度に唖然としながらも情報を得るために和弥はマサキヨと話をすることにする。
「塚本和弥。カズって呼んでくれればいい」
「そうか、じゃあカズって呼ぶことにするわ」
 和弥の言葉にマサキヨはあっさり頷くと、和弥が聞くまでもなくマサキヨが語り出す。
「ワイは西国で武士をやってた訳やが、いつの間にか気がついたらここの宿屋におったんや」
 和弥はマサキヨの言葉を聞きながら、自分だけではないことを知る。マサキヨと同じようにこの広場の近くにある宿屋で目を覚まし、この広場に行くように言われたのだ。
「今までどうやって生計立てたりしてたか、自分の生い立ちはどういうものかとかそこら辺は思い出せるんやけど、ついさっきまでの記憶が思い出せんのよ……」
 マサキヨの言葉に和弥はそうそうと深く頷く。自分が普通の高校生で普段通りの生活を送っていたのは――それも2日前までのことは覚えているが、その後に何をしていたかは記憶に靄が懸かってほとんど思い出せないのだ。
「カズもそうか。ということはここにおる面子はもしかしたらみんなそない感じなのかもなぁ」
 マサキヨは周囲を見渡し、険しい表情の広場に集まった面々を一瞥する。そして小さく息を吐きだし
「全くここにいるんは揃いも揃って強者、曲者やなぁ。只者じゃない奴はおらん」
 そう言いつつマサキヨは和弥の胸ぐらを掴み、自身の方に引きつけ、後へと放り投げる。と同時に和弥の立っていた場所に鋭く何かが振り下ろされる。
「けったいな異形やなぁ」
 マサキヨは振り返ることなく、腰に差した一本の刀を抜き放つ。そして目の前で長く伸びた舌で口の周りを舐める異形を睨みつける。
 グルルと低い唸り声を立てながら、大きな角を二本生やした異形はその鋭い爪を先程和弥に向けて放ったようにもう一度振り上げる。
 ――ワイごと突き刺すつもりか!
 マサキヨは起き上がった和弥に飛びかかるようにぶつかり、爪の一撃をかわす。
「堪忍やで」
 和弥を突き飛ばしたことをわびつつ、マサキヨは次なる一撃を放とうとする異形の右腕にむけて、刀を抜き放つ。
「なにぃ」
 マサキヨの斬撃は届くことなく異形のすぐ側で見えない力によりはじき飛ばされる。
「どういうことや。今のは絶対届いたは……」
 戸惑いと共に隙が生じたマサキヨの頭上に異形の腕が迫り来る。その太い腕にマサキヨの体はぐしゃりと潰される……はずだった。
「また攻撃が弾かれた」
 マサキヨの頭に届こうかという時にバチッと音がして異形の腕が弾かれる。それを見ていた和弥はある考えに思い至る。
「あ、危なかったぁ〜」
「もしかすると互いの干渉が何らかの力で阻止されているのか」
 へなへなとその場に座り込んでいるマサキヨに和弥は手を差し出し、マサキヨはそれを掴んで起き上がる。
「どういうことや?」
「理屈は全く持ってわからないけど、相手に害を与えようとするとその行為は相手に影響を与える前に阻害されてしまうのかも」
 そう言いつつ和弥は右手に拳を作り、マサキヨの顔に向けてそれを突き出す。すると先程と同じようにバチッと音がして和弥の右手が弾かれてしまう。
「なるほどなぁ〜」
「恐らくはここに呼んだ者に害を与えたくないんだろう」
「その理由は?」
 和弥の考察にマサキヨは面白いと思いつつ、更に続きを促す。
「さぁ、そこまではわからないけど……どうやら話が聞けるみたいだ」
 和弥は広場の端、巨塔へと続く道の前に設けられた大きな門の体を成す建物から姿を現した一つの大きな影をじっと見つめる。
 ――ようこそ、選ばれし者達よ。
 地面を揺らすように響き渡る低い声がどこからともなく聞こえてくる。
 ――我が名はベリアス。偉大なる創造主の命によりここにいる。
「何だ、雰囲気がいきなり変わったぞ……」
「阿呆、今ベリアスって言うた奴は只者やない。それをここにいる全員が察知したんや!」
 和弥があげた戸惑いの声に、マサキヨが若干声を震わせながら応じる。見ればマサキヨの刀の鞘を握る左手にやけに力が込められている。
 辺りを見回してみてもマサキヨと同じように、ぴりぴりとした緊張感が強者や異形達に一斉に走っている。
 だが不思議と和弥は冷静でいられた。現実味の無さと和弥がここにいる他の者と徹底的に違う――すなわち一般人であることが、事態の冷静に判断できるようにしていた。
 ――ここに集まって貰った100人の精鋭達よ、様々な世界で様々な方法を持って力を付けた者達よ。
 ベリアスの低く響き渡る声がしたと同時に、和弥の左の手の甲がいきなり熱くなりだし、鋭い痛みが一瞬走る。
 ――今から汝らには生き残りをかけて、この世界で誰が一番強いのか、それを示して貰おう。
 和弥は痛みが走り未だに熱を帯びている左手を目の前に持ってくる。そこには数字で0の文字が深々と刻み込まれていた。
 ――今汝らの体に最強をかけた挑戦者としての数字が刻まれただろう。1〜100までのいずれかの数字だ。確認してみるが良い。
「ほんまや。あるで」
 マサキヨは着物の裾をまくり上げて、その肩に刻まれた48という数字を和弥に見せる。和弥はそっとシャツの裾を伸ばし、0という数字が隠れるようにする。
 さっきのベリアスの言葉によれば、数字は1から100だ。すなわち0という数字は存在しないはずなのだ。そもそも和弥はここが異世界だとして元々いた日本では平凡な高校生に過ぎない。武道も体育の授業でやったことがある程度だ。野球部で甲子園を目指してるスーパーエースでもなければ勝負に滅法強いスラッガーとかそういう訳でもない。
 ならどうしてここにいるのだろうか。理由はわからないが、この数字は隠しておかなければならないそう直感で判断する。
 ――確認してもえただろうか。最強を決めてもらうと言ったが、ここで殺し合いをしてもらうわけではない。
 異形の1人が振り上げた腕が何故ここにいるのかわからないほどか細い少女に向けて振るわれる。マサキヨと和弥が先程体験したように異形の腕は少女に当たることなく弾かれる。
「やはりこの事態を引き起こそうとしてる人間は、ここで殺し合いをしないように干渉を加えているのか」
 ――舞台はこの世界全体。いかなるものを用いて構わない。純粋な力だけではない、知略、奸計、何でも結構だ。自分以外の番号を持つ存在をこの世界から消したものは創造主と謁見し、自らの世界へと戻る権利を得るだろう。
 このベリアスの言葉に広場全体がにわかに騒ぎ出し、素人でもはっきりわかるほど濃密な殺気が覆い尽くされる。すなわち様々な世界の精鋭が本気になったと言うことだ。
「けったいな、話やな……」
 マサキヨは周囲を警戒しつつ、和弥に残念とでも言いたいのか苦笑いと取れる笑みを向けてくる。
「どうしたんだよ。俺も敵になんだぞ」
「せやねんけどなぁ。直感でカズは信頼できると思ってたから残念なんやわ」
 ――そしてもう一つ。この世界にいる創造主を打ち倒せることができれば、その時はここにいる者全てを元の世界へと戻そう。
 苦笑いを浮かべていたマサキヨの表情が不意にぐるぐると周り、どうすればいいかわからないといった微妙なかわるに変わる。
「どうやろ、今の発言」
「恐らく正しい情報と思う」
 顔を近づけてきたマサキヨに和弥は小声でさっと答える。
 恐らく先程のマサキヨのように戦うことを渋る者に戦うことを促す狙いがあるのだろう。そして創造主とやらにはこの精鋭達と戦って勝利できる絶対の自信があるということだ。
「ただ今の発言をまともに聞いてるのは少ないな」
「俺達みたいに戦うのを渋る者を動かすための体の言い理由付けみたいなものなんだろうけど」
 ここにいるのはただでさえ自分の腕、力、技量に自信を持つ者ばかり。そんな者達が他者と協力するとはあまり考えにくい。
 ――ルールは以上だ。これから汝らをこの世界へと解き放つ。
 どこからともなく何を言っているのかわからない呪文のようなものが流れだし、広場全体が薄く光を帯び始める。
「まさか、ここにおる全員を別の場所にやるつもりか!」
 ――どんな手を使ってでも生き残った者が最強だ。汝らの健闘を祈る。
 ふわりと飛行機に乗ったときのように体が浮かぶ感覚が全身を包み込む。
「カズ! 絶対生き延びろや」
「ああ、マサキヨも! 絶対後で合おう」
 マサキヨの精悍な顔を歪めながらの大きな声に和弥も全身に力を込めて応える。
 光が不意に強くなったと同時に和弥の視界は真っ白になり、そのまま意識も白く染め上げられていった。



 光が辺りを覆い尽くし誰もいなくなった広場を一望できる門の上に建てられた建物の影から現れる小さな影が一つ。
「お疲れ様、ベリアス」
「勿体なきお言葉です……」
 ベリアスの巨大な体躯が小さな体格の外套を被った影に仰々しく頭を垂れる。そこから聞こえてくるのは声変わりをしてもなおまだ甲高いあまり年を取っていない声だ。
「さて彼は生き残れるのかな?」
 深々と被った外套からはその表情は見えない。しかし聞こえてくる声からは少し何かを楽しむようなものがあった。

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