某県、某所に存在する高校、親切高校。
 自然に囲まれたこの全寮制の学校は異様な雰囲気に包まれていた。
 もっともほとんどの生徒達はそれには気づかず、いつも通り勉強やスポーツに打ち込んでいた。
 ごく一部の者達だけがそれに気がつき、何事かと目を見開いていた。
 その異様な雰囲気は校舎の一角、二年生のある教室から発せられていた。
 教室の真ん中に置かれた4つの机。そこに4人の男女が座っている。
「いよいよでやんす……」
 教室の片隅で、眼鏡をかけた少年・荷田幸浩はごくりと固唾を呑んだ。
 異様な雰囲気を醸し出す4人の視線が黒板の前の壇上に集まる。このクラスの委員長・神条紫杏だ。
「これから、この中で一番バカなのかを決めたいと思う」
 厳かに呟く委員長。その言葉は教室中に響き渡った。



バカ頂上決戦



「どうやら決着をつけるときが来たようだな、越後」
 額に必勝と書かれた今となっては懐かしいハチマキをした十河が往年のライバル・越後と視線を交差させる。どうでもいいが、ハチマキを着けているからと言って底力がプラスされることはない。
「やれやれだぜ。十河だけには負けられないな!」
 闘志を燃やす越後。その背後には炎すら見える(気がする)。
「まだまだだね、ですよ。越後っち」
 妖しく目を光らせたナオがちっちっちっと指を振る。
「腹減った……」
 全く関係ないいつもの台詞を呟く岩田。こいつの頭には食べ物の事しかないのか。
 十河、越後、ナオ、岩田。ごく一部からはバカ四天王と呼ばれる彼らは天神様からも見放されたんじゃないかというくらい学業ができない。
 本人達曰く、学業成就のお守りを買ったのに、成績が下がったとのこと。ちなみに越後はお守りを開けたらしい。そりゃ効果はない。
「それでは、司会にマイクを渡したいと思う」
 どこから調達したのか、手に持ったマイクを持つ委員長。近くにいた大江和那――通称、カズにマイクを渡す。
「え、うち? 無理やって」
 戸惑うカズ。内気な彼女にそれをやれという委員長もひどいものであるが。
「まあ、頑張れ」
 とりつく島もないと感じたカズは、はあっと深いため息をついて、マイクを口元に近づける。
『えー、じゃあ始めたいと思います。実況はあたし、大江和那。解説は隣のクラスの三橋妙子ちゃんです』
 無理矢理連れてこられたであろう妙子がちょっと呆れながらもぺこりと頭を下げる。
『では、第一問、x3-4x2+5を微分しなさい。ってこんなんこいつらに無理やろ!』
 問題を読んでいたカズが声を荒げる。ちなみにこれはれっきとした高校2年生の内容だ。数学ができないことに定評のある著者でもこれくらいはできる。
 ぴんぽーん、間抜けな音が鳴る。越後が机の上に置かれたボタンを押したのだ。
「零式ドロップだぜ」
 がくりと誰かがこける音。妙子だ。
『違います。ていうかむしろ最初の文字しか数学で出えへんやろ!』
 カズが越後に鋭くツッコミを入れる。その様子を見た委員長はカズを選んで正解だという顔をしていた。
「まったく……」
 隣で朱里が呆れたように呟いた。
 ぴんぽーーんと再び間抜けな音。今度は十河だ。
「わからないものはわからない。そういうのは自然のままにしておけ!」
 潔いのはすばらしいが、端から問題を解くつもりがないのは、問題だ。
「そうです、こういうのはいずれ誰かが解いてくれるですよ」
 ナオが頷く。ちなみに微分積分はもうすでに証明もされているから、解かれているのだが。
『なんやねん、あんたら……』
 あきれ顔のカズ、本編同様彼女の運の無さには同情せざるを得ない。
「お腹減った……」
 もうお前は食堂行け。
『えっと、じゃあ解答を。3x2-8xです』
 何とか場を持ち直したカズが答えを言う。
「俺はこれくらいわかってたぞ」
「な、やるな、十河!」
 十河の言葉に越後が目を見開く。ちなみに考える前に問題を解くのを放棄した人間の吐く台詞ではないし、それに気づかない越後、どちらもバカだ。
『え、じゃあ、次行きます。夏目漱石の書いた本を一つ挙げなさい』
 二人を華麗にスルーしたカズが次の問題を発表する。どうやら少しこいつらの扱いが解ったようである。
「これはわかる……」
 ボタンを押したのは岩田だ。ぐうっと腹が鳴る。情けない表情をする岩田。誰か恵んであげてください。
「注文の多い料理店」
 前言撤回、こいつに誰も餌付けしてはいけません。駅前の鳩と一緒です。
『ちがうわ』
「腹減った」
 まだ言うか、いっそのこと注文の多い料理店に連れて行ってやりたい。
「解りましたよ。我思う故に我あり、です」
 ナオだ。ちなみにそれは偉大な哲学者・デカルトの台詞だ。
『最初の一文字しか合ってないで』
 カズが言いたいのは皆様おわかりだろう。わざわざ言う必要もない。
「やれやれだぜ。そんなの『ころころ』に決まってるだろ?」
 自信を持って越後が言う。一つ目のろが余計である。むしろここまで野球に特化した頭も凄い。
「甘いぜ、越後。俺は切り札を持っている」
「な、何だと」
「これだ! 千円札」
 ちなみに今の千円札は野口英世である。それにそもそも千円札なんてものは漱石の時代にはなかった。
 カズはぐうの音も出なかった。なんていうか器用に皆が皆、答えを外していく。
『答えは、もういいやんな?』
 気を取り直し、カズが続ける。妙子の役割が無くなってしまった。
「次の問題行こうぜ!」
 相変わらずの十河。こいつはダメすぎる。
『次は、生物の先生・善先生から問題を出して貰うで』
「でシ!」
 どこから現れたのか、親切高校の生物の教師、善先生がカズの横に立っていた。当然ナオに脅されたのだが。
「人間の生殖方法は何ででシ?」
 答えは当然ながら有性生殖の受精だ。
「えっと、ここでいってもいいんですか?」
 ナオだ。何を言うつもりかは皆様のご想像にお任せしたい。
「それはあかん。女の子がそんなことが言ったらあかん!」
 カズが慌てて、ナオを制止する。
「そ、そうでやんす! 自治会とCEROに引っかかるでやんす!」
 今まで教室の隅でじっと戦況を見つめていた荷田が慌ててやってくる。
「受粉」
 岩田だ。また食物関連か。こいつの脳みそも腹に関することしかないらしい。
「甘いぜ、岩田。そんなの、ホ「ストーップ、でやんす!」」
 十河に荷田が詰め寄る。そしてものすごい勢いで説教を始める。主人公権限だとか、何とか。
「ふ、こんなのもわからないのか?」
 越後だ。その表情はすでに勝ちを得たように自信に満ちている。
「く、越後のくせに……」
「悪いな、十河。俺の勝ちだ」
 にやりと笑う越後。そしてカズに何か呟く。
『違うわ!』
 ああ、こいつらダメだと言う表情でカズが4人を見つめる。ちなみに越後が言った答えは結婚。十河の自称ライバルと同じレベルだ。
「正解は、受精でシ。人間というところに引っかかったででシね」
 彼らのボケボケの答えにかろうじてフォローを入れる善先生。その横ではカズと荷田が疲れたような表情をしている。
『つ、次行くで。I want to play soccer.を訳せ』
 朱里の視線に促されたカズが次の問題を出す。
「俺は打つ」
 十河だ。いい加減少しは野球から離れろ。
「俺は野球だ」
 こちらは越後。どうやればサッカーを野球と見間違うのか。こいつらの頭はもしかすると人類の神秘の一つになるかもしれない。
「何か食べたい」
 たいしか合っていない。いい加減食い物から離れろと言いたい。
「十河君も越後っちもイワタンも甘すぎて、砂糖以上ですよ」
 ナオが目を光らせる。3人に戦慄が走る。もっとも岩田は砂糖に反応しただけだが。
「くっ」
「まずいぜ……」
「砂糖……」
「行きますよ。私は野球がしたいです」
 ごとりと妙子が立ち上がる。そしてナオに詰め寄る。
「ど、どうしたんですか、タエタエ」
「あなたね、今のくらい正解しなさいよ」
「え、間違ってるんですか?」
 驚いた表情のナオ。君もダメダメだよ。
 妙子のおしかりを受けるナオ。途中でぼそりと学力はおっぱいに比例すると呟くナオ。
『あんたら、器用に外しすぎや。次で最後な』
 カズの言葉に越後と十河の視線が交差する。
『最後は社会科や。平安京に朝廷が京を移したのはいつや?』
「いけますよ、784年です」
『違います』
 ナオが崩れ落ちた。ちなみにそれはマイナーな長岡京だ。
「やれやれだぜ。1869年に決まってるだろ?」
『どこからそんな数字出るねん!』
 ちなみにこの年はアメリカではじめてプロ野球チームができた年である。越後は、あってるだろう、っという表情をしている。彼の耳の構造はどうなっているのか非常に気になるところだ。
「ちがうぜ。これは……「710年」」
 十河の声を遮ぎったのは岩田だ。だが間違っている。それは平城京だ。
「く、やるな、岩田」
『残念ながら間違ってるで』
 カズの冷たい声。岩田も崩れ落ちた。空腹で。
「俺がトリか。いくぜ、良い国作ろう平安京。1192年だ」
 荷田がこけた。
『もうコメントしようがないわ、あんたら』
 カズが呆れたように深いため息をついた。
「やれやれだぜ、ドローか」
「次は負けませんよ」
 そもそも次はあるのか?
「は、腹が減って、力が出ない……」
 お前は顔がパンのヒーローか。
「くそ、次は……」
 もう二度とやりたくないと思うカズであった。荷田もだ。
「面白かったぞ。またやろう」
 ぱんぱんぱんと拍手しながら来るのは委員長。きっと気分はお笑い芸人がやるクイズ番組を見た感じなのだろう。むしろこっちのほうが面白いんじゃないか?
 委員長に二言はない、何とかして次は阻止したいと思うカズであった。荷田も同じだったので心の中で協定を結ぶ。
 さて、二回目は行われるのだろうか?
 徐々に薄れつつある異様な空気がまたこの親切高校を覆えば、その時は彼らが繰り広げる熱い戦いの時なのかもしれない。

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